基礎編 単元02効用からロジットモデルへ
基礎編 単元02
鉄道・バス・自転車の所要時間と費用から,それぞれが選ばれる確率を求めます.効用で選択を表す考え方から始め,記録した条件で表す部分と記録していない部分に分けて,ロジットモデルの式で確率を計算するまでを一つの流れで追います.
① 手段を比べて選ぶ② 時間や費用を式に入れる③ 記録にない要因を考える④ 選ばれる確率を求める
大学までの行き方は,鉄道・バス・自転車の三つです.鉄道が選ばれる確率は,右の式で計算します.この式で選択確率を表すモデルを,ロジットモデルと呼びます.
まず,鉄道とバスを比べる場面から,人が交通手段を選ぶことを数式で表す方法を学びます.その後,この式を使って,鉄道・バス・自転車がそれぞれ選ばれる確率を計算します.
① 手段を比べて選ぶ② 時間や費用を式に入れる③ 記録にない要因を考える④ 選ばれる確率を求める
自宅から大学へ行くために,鉄道・バス・自転車が使えるとします.所要時間は自宅を出てから大学に着くまで,費用はその1回の通学で支払う金額です.
早く着くためにお金を払うか,時間をかけて費用を抑えるか.右の条件を見て,自分ならどれを選ぶかを決めてください.
三つの行き方(同じ大学へ)
選ぶと,その手段を選んだ理由を考える手がかりが表示されます.
① 手段を比べて選ぶ② 時間や費用を式に入れる③ 記録にない要因を考える④ 選ばれる確率を求める
人がある選択肢を選ぶことで得られる満足を,数値で表したものを効用といいます.その人にとって,より満足を得られる選択肢ほど,効用が高いと考えます.
例えば,Aさんは通学時間の短さを重視し,バスより鉄道を利用する方がよいと考えているとします.この場合,Aさんにとって鉄道の効用は,バスの効用より高くなります.
Aさん:通学時間の短さを重視する.バスより鉄道を利用する方がよい.
Aさんにとっての効用
U鉄道 > Uバス
効用を,Uという記号で表します.鉄道の効用はU鉄道,バスの効用はUバスと書きます.右下の小さな文字(添字)は手段を示します.
① 手段を比べて選ぶ② 時間や費用を式に入れる③ 記録にない要因を考える④ 選ばれる確率を求める
Aさんにとっては,鉄道の効用がバスより高いのでした.
人は効用が最も高い選択肢を選ぶと考え,この仮定を効用最大化と呼びます.
すると,Aさんは鉄道を選ぶと考えられます.
Aさんにとっての効用
U鉄道 > Uバス
① 手段を比べて選ぶ② 時間や費用を式に入れる③ 記録にない要因を考える④ 選ばれる確率を求める
通学時間が短くなれば,移動にかかる負担が減ります.運賃が高くなれば,支払う負担が増えます.ここでは,ほかの条件が同じなら,所要時間が短いほど,また費用が安いほど,その手段の効用が高くなると考えます.
鉄道とバスを比べると,鉄道には「早く着ける」という利点があり,バスには「料金が安い」という利点があります.どちらの効用が高くなるかを表すには,時間や費用が,それぞれ効用にどれくらい関わるかも考える必要があります.
こうした条件と効用の関係を,数式で表したものが効用関数です.
鉄道
所要時間25分固定
運賃350円固定
効用が
高い効用が
低い
① 手段を比べて選ぶ② 時間や費用を式に入れる③ 記録にない要因を考える④ 選ばれる確率を求める
効用には,時間や費用のほかにも,混雑や本人の好みなどが関わります.そのうち,今回のデータに記録されているのは,所要時間と費用です.まず,この二つを使って表せる部分を考えます.
乗り換え,車内の混雑,鉄道への慣れや好み,その日の気分は,今回の記録には入っていません.このような要因を,今回のデータでは観測できない要因と呼びます.
記録あり今回のデータで捉えている要因
→ 数式で表す部分 V鉄道
記録なし今回のデータでは捉えきれない要因
→ 数式で捉えていない部分 ε鉄道
乗り換えや混雑も,調査で記録すれば数式で表す部分へ移せます.
① 手段を比べて選ぶ② 時間や費用を式に入れる③ 記録にない要因を考える④ 選ばれる確率を求める
U鉄道
=
V鉄道
この部分を式で表す
+
ε鉄道
V鉄道
記録した時間や費用から表す部分
=
βt × 25
時間の係数 × 所要時間(分)
+
βp × 350
費用の係数 × 費用(円)
所要時間と費用に,それぞれの重みβを掛けて足します.時間と費用からVを求めるこの式が,ここで使う効用関数です.βtは所要時間が1分長いときのVの変化(効用/分),βpは費用が1円高いときの変化(効用/円)で,これを係数と呼びます.
① 手段を比べて選ぶ② 時間や費用を式に入れる③ 記録にない要因を考える④ 選ばれる確率を求める
時間の係数は−0.08,費用の係数は−0.004とします.どちらも負なので,時間や費用が増えるとVは下がります.
V鉄道
鉄道のV
=
βt−0.08 × 25
時間の項 = −2.00
βt=−0.08
1分増えると,Vが0.08下がる
+
βp−0.004 × 350
費用の項 = −1.40
βp=−0.004
100円増えると,Vが0.40下がる
= −3.40
同じ係数で,バスは V=−3.52,自転車は V=−4.00.Vは効用Uのうち時間と費用で表す部分です.係数の求め方は次の単元で学びます.
① 手段を比べて選ぶ② 時間や費用を式に入れる③ 記録にない要因を考える④ 選ばれる確率を求める
各手段の効用全体はU=V+εです.Vは時間と運賃から計算できますが,εは同じ条件の人どうしでも異なり,今回の記録には含まれていません.そのため,Uが最大になる手段は人によって異なります.
そこで,どの程度のεを持つ人がどれくらいいるか(εの分布)を考え,各手段のUが最大になる確率を,その手段の選択確率とします.この考え方をランダム効用最大化と呼びます.
| 手段 | V時間・運賃から計算 | + ε記録していない影響 | = U効用全体 |
|---|---|---|---|
| 鉄道 | −3.40 | ? | ? |
| バス | −3.52 | ? | ? |
| 自転車 | −4.00 | ? | ? |
Uが最大の手段を選ぶ
鉄道のUがほかの二つより大きくなる確率
この確率の計算には,εの分布についての前提が必要です(次の画面).
付録:確率分布とは① 手段を比べて選ぶ② 時間や費用を式に入れる③ 記録にない要因を考える④ 選ばれる確率を求める
前の画面の,各手段のUが最大になる確率を求めます.ここでは,εの分布についての前提から得られるロジットモデルの式を使います.
この式では,各手段のεが互いに独立で,同じガンベル分布に従うと仮定しています.
付録:ガンベル分布とロジット式① 手段を比べて選ぶ② 時間や費用を式に入れる③ 記録にない要因を考える④ 選ばれる確率を求める
まず,各手段のVについて exp(V) を計算します.exp(V) は e の V 乗を表し,e は約2.718です.
計算した三つの値を足し,各手段の値をその合計で割ります.
| 手段 | V | exp(V) | 選択確率 |
|---|---|---|---|
| 鉄道 | −3.40 | … | … |
| バス | −3.52 | … | … |
| 自転車 | −4.00 | … | … |
| 合計 | — | … | … |
鉄道:0.03337 ÷ 0.08129 ≈ 41.1%
① 手段を比べて選ぶ② 時間や費用を式に入れる③ 記録にない要因を考える④ 選ばれる確率を求める
バスの所要時間は35分のまま,運賃を180円から100円に下げます.時間と費用の係数,ほかの手段の条件は変えず,同じロジットモデルで計算します.
変わったところ
この計算に用いた係数は,実際の選択の記録からどのように求めるのでしょうか.
Vバス = −0.08×35 − 0.004×180円 = −3.52
| 手段 | V | exp(V) | 選択確率 | 180円時 | 差ポイント |
|---|---|---|---|---|---|
| 鉄道 | −3.40 | — | — | — | — |
| バス | −3.52 | — | — | — | — |
| 自転車 | −4.00 | — | — | — | — |
| 合計 | — | — | — | 100.0% |
説明用の係数による計算例です.
まとめ
時間や費用からVを表し,式で捉えていない影響εを加えて,効用全体Uを考えました.Uが最も高い手段を選ぶと仮定し,εの分布について前提を置くと,各手段の選択確率を求められます.
今回は,独立で同じガンベル分布に従うεを仮定し,ロジットモデルの式で確率を計算しました.
付録
本編の画面8〜12で使った誤差項εと,そこから選択確率を求める考え方を,順を追って説明します.読まなくても本編は進められます.
効用全体Uのうち,時間や運賃から式で表した部分がV,それ以外の部分がεです(ε=U−V).Vを時間と運賃だけで作ると,例えば鉄道への慣れ,混雑の感じ方,その日の予定などの影響がεに残ります.
同じ25分・350円の鉄道でも,鉄道に慣れている人ではεが大きく,混雑が苦手な人では小さく働くと考えます.εは人によって異なり,同じ人でも日によって異なることがあります.今回の記録には含まれていないので,一人ひとりの値は分かりません.
Vとεの分かれ方は,Vの式に使う情報で変わります.混雑を記録して式に含めれば,その影響の一部はVで表せます.
同じ条件の人どうしでも,εの値は人によって異なります.「どの程度のεを持つ人が,集団の中にどれくらいいるか」を表したものを,εの確率分布といいます.集団から一人を選んだとき,その人のεがある範囲に入る確率は,その範囲に入る人の割合に対応します.
εは連続した値をとるので,分布は下の図のような曲線で表します.塗った範囲の曲線の下の面積が,その範囲に入る確率です.縦軸は確率密度で,曲線の高さそのものは確率ではありません.
例:3で説明するガンベル分布(位置0・尺度1)
選択確率も同じように読めます.同じ条件の人々でもεが異なるので,選ぶ手段は人によって異なります.「鉄道が選ばれる確率」は,その集団で鉄道を選ぶ人の割合に対応します.一人ひとりは自分の事情に従って選んでいてよく,人が毎回でたらめに手段を決めていると考える必要はありません.
ロジットモデルでは,εの分布としてガンベル分布(第I種極値分布)を使います.位置0・尺度1のガンベル分布で,εがx以下になる確率は次の式です.
2の図はこの分布です.0付近の値が最も多く,右側(大きい値)に裾が長い形をしています.平均は0ではなく約0.577です.範囲の確率はで計算でき,例えば−0.5〜0.5に入る確率は約35.3%です.
鉄道・バス・自転車のεには,同じ形・同じ尺度のガンベル分布を使い,互いに独立と仮定します.独立とは,ある手段のεの値によって,ほかの手段のεのとりやすさが変わらないことです.
人はUが最大の手段を選ぶと考えるので,鉄道の選択確率は,鉄道のUがほかの二つより大きくなる確率です.U=V+εを代入すると,εの差とVの差の大小関係になります.
各手段のεが独立で同じガンベル分布に従うとき,鉄道のεを値xに固定して,ほかの二手段が条件を満たす確率を掛け合わせ,xのとり得る値全体で合計(積分)します.
はの確率密度,は確率を求める手段,はほかの手段です.途中でと置き,と置き換えると,積分はになり,右辺のロジット式が得られます.
εを無視したのではなく,εのとり得る値全体について確率を計算した結果,Vだけで書ける式になっています.そのため,ロジット式にはVを入れ,Uや個々のεの値は入れません.
分布を仮定するとは.εが人々の間でどう異なるかについて,具体的なモデルを設定することです.一人ひとりのεを観測したことにはなりません.この分布と効用の式から各手段の選択確率を計算し,実際の選択記録に最も合う係数βを求めます(次の単元の最尤推定).求めるのはβで,個々のεの値ではありません.
なぜガンベル分布か.独立で同じガンベル分布を仮定すると,4のように選択確率が簡潔なロジット式になり,計算と推定が容易になります.εが分からないから自動的にこの分布になるわけではなく,扱いやすさを理由に選んだモデル上の仮定です.
限界.独立の仮定のもとでは,似た手段どうしでεが連動することを表せません.例えば鉄道とバスに共通の未観測の要因があるなら,独立性が適切かを検討し,必要なら別のモデル(発展編で扱う)を使います.また,尺度は1に固定しているため,推定される係数は「尺度で割った値」に相当します.
モデルが選択記録をよく説明できても,εの本当の分布が分かったことや,個人のεを復元できたことにはなりません.